【釣れる事実は無視できない】
2023年にリリースされた『G.C.G.N.ミノー 89SR-SP』。

基本設計は「不安定なバランス」という一風変わったもので、ジャークやトゥイッチアクション時に内部の2個のウエイトが前後へランダムに移動することで、水中でバランスを崩して不規則なダートを生み出す。
また、アクション後にステイさせると、基本は頭を上向けて浮上しようとするのだが、このときに2個のウエイトがまたもランダムに移動するので浮き姿勢もランダムになる。

動きも姿勢もランダム。
しかしその様はまさに死にかけた小魚そのもの。
こんなミノー、村上晴彦だから創り出せた逸品と言いたいところだが、当の本人はこう言う。
「偶然が重なったものなんですよ」
実はこのミノー、初期の開発段階ではまったく飛ばないし、動きも納得いくものではなかったため、ゴミ箱行き直前だったというのである。
“出来のよくないミノー”、「NGミノー」とさえ呼ばれていた。
「見るたび、捨てようと思うんですが、同時になんでか、まあ、一応とっておくかと試作のボックスに戻してしまう。で、あるときの釣りでバスが異様に反応してくれた。それがきっかけですね」

飛距離、動きすべてに納得できないがもっとも大切な「釣れる」という事実。
これを無視することはできなかった。

廃棄寸前だったミノーが再び村上工房の作業台へと戻ってきたのである。
【ランダムは狙って生み出せる】
動きと姿勢がランダムであることが強みならば、この時点ですでに完成しているのでは?
しかしそのランダムさをある程度狙って生み出せないと製品化はできない。
村上氏は構造をイチから見直すことに。
着目したのはボディの気室容量バランス。

気室を前方に集中させて、常に頭を上に向けて浮くように設定。
ボディ後方には2個のウエイトボールが遊動するように配置し、ウエイトボールがギリギリ止まる凸部をボディ内へ3カ所設けた。
この構造により、アクション後、頭が上を向けた瞬間、ウエイトボールが後方へ移動するが2個のウエイトボール止まる場所が毎回違ったり、止まったあとも動いたりするので、浮き姿勢が毎回違う、途中で変化するように仕上げた。
「ランダムさ」を狙って実現したのである。
ちなみにキャスト時は2個のウエイトボールが最後方まで移動するので問題だった飛距離の出にくさはひとまず解消できた。
「タダ巻きでも釣れないとダメ」
というわけでリトリーブすれば艶かしいローリングアクションを生み出すよう設定。
こうして出来の悪いミノーは「製品」として秀逸なものへと生まれ変わった。
【NGからGNへ】
「テスト中ずっとNGミノーって呼んでたんですが、製品にするのにさすがにそのままってわけにはいかんでしょ。でもNGだったものがそうじゃなくなるというストーリーがあるので、反転させてGNミノーとしたんです」
またG.C.ブランドでもあるので、そこも加味したい。
長くなってしまうが『G.C.G.N.ミノー 89SR-SP』と名付けられた。
ちなみに89mmにしたのには理由がある。

村上氏は『G.C.ミノー 89SR-SP』と使い比べてみて欲しいと言う。
「僕はミノーに特別な思いがあるんですよ。同じサイズでも前後、左右、上下バランスにリップの形状をわずかに変えただけでまったく違うものになる。その違いにいつも新しい発見がある。このGNミノーを通して改めてミノーって奥が深いなと思いましたしね」
こうして世にも珍しいミノーが誕生したわけだが、もし村上氏があのとき「NGミノー」のままゴミ箱へ入れてしまっていたとしたら?
でもなんだかそれは考えにくい。
このミノーはやはり生まれるべくして生まれたものなのだ。