大会やトーナメントなど「競う釣り」にはとんと興味のない村上氏だが、プロアングラーとして活動するよりもずいぶん以前、燃えに燃えて挑んだ大会があったという。
「その大会はエキスパートだらけとか、競技志向のトーナメントとかではなくて、ダイワさん主催の誰でも参加できる気楽なバス釣り大会でした。でも、僕は絶対優勝するで! と意気込んでいましたね」
珍しい闘志。
その理由は簡単。
上位入賞者へ贈られる「賞品」の獲得だった。
そう、「現金な話」というやつである。
大会のルールは2人1組での参加。大きめの池を会場に、ボートからの釣りで制限時間までに3匹のバスをそろえ、その総重量で順位を決するというものだ。
「優勝チームにはチームダイワのロッドとチームダイワトーナメントの金色のリールが贈られるとあったんですよ。合計10万円相当。で、エントリー費は1組3,000円。2人で割れば1人1,500円。3位でもリールがもらえるから元は絶対取れる! と一緒に参加したエノケン(※)とこれは楽しむ釣りじゃなくて勝つ釣りをするんだと話し合ってました(笑)」
※)エノケン:榎本健太郎氏。村上氏の長年の友人の1人。若かりしころ、2人で立ち上げたのが「チーム常吉」。[常吉]はのちに村上晴彦の代名詞ともなった
大会参加を決めてから2人は「勝つための釣り」に取り組んだ。
さっそく会場となる池でプラクティスを2回実施。
1回目は1人ずつボート借りた。
池を時計回りに釣っていくのがいいのか、反時計回りがいいのかそれぞれ手分けして探る。
ほかのお客のボートを漕ぐ速さをチェックしておく。
ボートのオールに脱着できる自作グリップ(自転車のグリップを改造したもの)の使用感を試してみる。
風が吹くことを想定して、傘を開いて水に入れてシーアンカーにしてボートが流される速度を抑制してみる。
などなど念入りに行ったという。
「そのときは僕もエノケンも常吉リグで40匹くらい釣りました。ほかのお客さんは2、3匹でしたね。数では勝っているけど、3匹の総重量勝負だったし、アベレージも小さかった。だからできるだけ大きなバスを釣らないと勝てないと思ったんです。それで魚の重さをしっかり計るために台所から台ばかりを持って入れ替えの練習もしたんですよ」(笑)
この時点でなんという念の入れようだろうか。
「絶対に勝つ!」という想いがひしひしと伝わってくる。
2回目は実戦形式のプラクティス。
2人で1艇に乗って試合時間と同じスケジュールで釣りをしてみた。
すると1人のときには思いもしなかったことが見えてきた。
「ロッドを3本ずつ持ち込んだら狭すぎたんですよ。だから1人2本にして、役割を決めたんです」
このタックルのときは村上氏が釣る、このタックルならエノケン氏が釣るといった具合に釣り手と漕ぎ手を決めた。
「あれ(タックルやルアー)がないとテンションが下がるわ〜」
普段の釣りでは楽しむ要素が1つでも減るとそんな言葉を口にする村上氏がそれを飲み込んだのである。
すべては勝つため、そして賞品を獲得するためである(笑)。
こうして大会当日を迎えた。
「ボートに乗る前にエノケンが『玉網持って行こう』と言い出したんですよ。でもプラでは100gくらいのバスしか釣れてなかったから、狭くなるし、僕はいらへんやろ~と言ったんですけど、エノケンは『絶対にいる!』と言うので持っていったんです」
このエノケン氏のカンは見事に当たり、40cmクラスのバスが釣れたので玉網が大活躍となった。
「結局この日も入れ食いでした。バスの重さもきっちり計り比べて3匹そろえて検量に臨みました。ほかに3匹持ち込んだのは数組でしたけど、僕らに40cmクラスが釣れたなら、ほかの組にも釣れているかも? と検量が終わるまでソワソワしましたね(笑)」
結果は見事優勝。目標だった賞品を獲得したのだった。
「すごくうれしかったし、大会に出る人の気持ちが少しだけですがわかった気がしました。でもやっぱり僕には競う釣りは向いてないなと思いましたね」
釣果を上げるための準備や作戦立て。
これはいつも入念にやっていることだが、その根底には揺るがない想いがある。
「その日、その釣りをめいいっぱい楽しむ」。
村上氏の釣りにおける最大の目的は「勝つ」のではなく「楽しむ」ことなのだ。
たしかに「楽しさ」が欠けた釣りは村上氏には似合わない。
ちなみに後日談があり、翌年、同じ大会にエノケン氏とディフェンディングチャンピオンとして意気揚々と出場したのですが結果は「ボウズ」だったそうです(笑)。