数年前の新年に開催された、あるアングラーの集いで村上氏はbeatの代表を務めていた大貝俊也氏と初めて対面した。
それは偶然ではなく、村上氏が望んだものだった。
なぜなら村上氏の脳内には以前より「大貝俊也」の名前が刻まれていたからだ。
話は常吉時代まで遡る。
当時、村上氏が手がけたメタルジグ『Re:Z-METAL』『EZ-METAL』の開発を通して、メタルジグへの興味が高まり、いろいろなメタルジグを見るようになっていく中で、村上氏はいくつかのメタルジグのデザイン、その動きに衝撃を受けた。
「僕がすごいと思ったジグはメーカーがバラバラ。でもそのすべてを大貝さんが手がけていたんです」
これらはbeatの立ち上げ前に大貝氏が手がけたものだった。
村上氏は「大貝俊也」を架空の強敵として、大貝氏が作ったジグに負けないジグ造りに勤しんだ。
そして常吉で『ラプンテ』というジグを造り上げた。
こんなに自分に悔しさを感じさせる、負けないジグを造りたいと思わせるジグを造り出す大貝氏は村上氏にとって「ええ意味であかんヤツ」「最悪のおっちゃん」に感じていたという。
そんな大貝氏が目の前にいる。
じっとしていられない村上氏はさっそく大貝氏にいろいろな質問を投げかけた。
大貝氏からその質問に対するアンサーがすぐに返ってきた。
村上氏はその後も夢中で話をし続けた。
集いが2次会へ移っても村上氏は大貝氏に質問し続け、大貝氏もそれにずっと答え続けてくれたという。
「僕も変やけど、大貝さんもたいがいやった。そういう人と出会うとなにか起こる予感がするんですよ」
釣り人同士だからといって、必ずしも話や価値観が合うわけではない。
釣りへの考え方、取り組み方は千差万別であるし、釣りのジャンルが違えば根本的なものも変わってくるからだ。
ましてあの村上氏である、ピタリと話が合うという人のほうが少ないはず。
そんななかでも2人の相性はピタリと合致したのだろう。
その後、村上氏は大貝氏と一緒にジギングへ行く機会を得た。
村上氏はバスロッドをジギング用にアレンジしたロッドを用い、メタルジグにはフロントにシングル1本というセッティング。
一方、大貝氏は自身が手がけたbeatのロッドにbeatのジグ。フロント、リアにフックをつけていた。フックを抵抗体として、ジグの動きを抑えるのが狙いだった。
「それなら最初からジグを動かさないようにすればいいのでは?」
村上氏はそう感じたが、フックがあることにより生まれる「独特の間」が釣果を生み出していたことに驚かされた。
また同船したbaetユーザーがbeatロッドを使って楽に大きな魚とファイトしていたが、バスロッドを使っていた自分は同じサイズの魚でも疲労の溜まるファイトだったという。
そこでbeatロッドを借りて釣ってみると、大きな魚が楽に取り込めてまたも衝撃を受ける。
大貝氏を見るとクスクスと笑って「やろ?」と言っていたという。
「僕が達してない領域を知っている人。話をする、一緒に釣りをすると目から鱗が落ちることが多かった」
そう大貝氏との時間を振り返る。
関係が深まっていくなかで大貝氏から「beatとisseiで一緒に竿を作らないか?」との声がけがあった。
「なにか起こる予感」
大貝氏もそう感じていたのかもしれない。
こうして誕生したのが『issei×Beat/ネコシャフト IU×BT 73ULS』である。
完成までの工程も2人ならではだった。
通常製品作りとなれば、お互いの考えをすり合わせながら進めていくのものだが、大貝氏が村上氏の感覚を読んで試作品を作り、村上氏に手渡して感想を聞いて、のちに修正されたロッドがまた手渡されるという流れだった。
「きっと大貝さんは、このロッドで村上にジギングを教えてやろうと思ってたんじゃないかな」
ロッドを渡せば、村上氏ならなにが不足でなにが必要なのかを気づいて言ってくるだろう。大貝氏のリードで気付かされていく、新しい考えが生まれてくる感覚が心地よかったそうだ。
「自分と大貝さんとではやってきたジャンルは違うけど、ロッド作りやルアー作りなどモノ造りへの取り組み方や熱意が同じというか近いところにあったんだと思うんですよ」
『issei×Beat/ネコシャフト IU×BT 73ULS』が完成したのち、そのシリーズに連なる、3本のプロトモデルを大貝氏が造り、完成が見えてきたころに大貝氏はこの世を去った。
「自分のメタルジグに対する意識を覚醒させてくれた方たちの1人でした。いなくなるのが早すぎますよね。まだまだ聞きたいことがあったし、一緒に釣りしたかったし、教えてほしいことがたくさんありました」
振り返ってみると、村上氏が大貝氏と釣りについて語り合ったのは、時間に換算すると、10日間(240時間)にも満たないそうだ。
短い時間しか話していないのに、これほどお互いの釣り観を理解しあえた人は少ないという。
「これからは大貝さんが作った製品を自分が使って釣りをして、大貝さんがどんな想いでその製品を作ったのかを辿ってどっていきます。辿ることで見えてくるものがあるかなと。それを知りたいんですよ。そうすることで自分の釣りも発展するんじゃないでしょうか。それに教わった釣りと、もともとの自分の釣りを比較して、その間のものができたり、混じったりして新しいものができていくと思います。大貝さんが『それが見たかった!』と言ってくれるようなことを実現したいですね」
村上氏のこの想いは形となった。それが2024年にスタートした「&beat ✖️ ISSEI」である。
大貝氏が生み出した数々の製品を村上氏がどのようにたどり、理解していくのだろうか。そしてなにが生まれるのだろうか?
それは村上氏自身もわからない。
ただ、そこに大きな可能性とワクワクしてしまう期待感があることだけは確かだ。