「株式会社常吉」に所属したのちも、自己の理想を実現させるべく、プロアングラー、ルアーデザイナー、ロッドプロデューサーとして歩み続ける村上氏。
その歩みと同調するように「株式会社常吉」も順調に進んでいたかに見えたが、設立から10年ほど経った2012年、突如崩壊を迎えることに。
世にいう『常吉事件』(※)である。
村上氏は、崩壊のかなり以前よりその兆しを感じ、組織を立て直すために筋道を立てて動いていたのだが、その動きは思いもよらない事態へと向かうことになった。
当時の経営陣に村上氏と意見の異なるメンバーがおり、根も葉もない悪評を広められ、外部からのさまざまな圧力がかけられたのだ。
村上氏は動きを封じられ、誤りを正すための発言もできず、手がけた数々のルアー、製品名、そして愛着のあった「常吉」という言葉との望まぬ離別を強いられることになった。
これまで味わったことのない、失意、失望。そのどん底に突き落とされたという。
はじめに感じた「いやな予感」。
それがこんな形で村上氏を苦しめることになったのだ。
※)株式会社常吉のHPにも当時の経緯がうかがえる一文が掲載されている。現在、常吉と村上氏は円満な解決に至っている。
「この件は、本当にたくさんの方々にご迷惑をおかけしました。僕がただただ未熟だったし、勉強不足だったと思います。でも真実はひとつ。僕は悪いことはなにひとつしていないのだから、楽しんでもらえるルアーを造り、誠実にアングラーとして活動していくことしかないと考えました」
事件から半年ほど間を空けて村上氏はプロアングラーとしての活動を再開。
そして2013年に「一つのまこと=一誠」という屋号で現在もルアーデザイナーを務めている、「株式会社ISSEI」の立ち上げへとつながっていった。
そこからの村上氏の創作活動、躍進は読者もご存じのとおり。
「2013年創立から、気づけば10年が経っていました。この10年ですか? 僕もお客さんもどうやったら楽しく釣りができるかを考えたり、どうすればそれが実現できるかを考えたり、工夫していただけなんですよ」
村上氏はこの10年を楽しんで過ごしてきたというが、それだけではこの結果にはつながらない。
一途に誠実に。それを心に置いて歩んできた10年間の積み重ねではないだろうか。
では今後ISSEIはどうなっていくのだろう?
「これからの10年ですか? どうなっていくのか自分にもわからないですね。変に努力はしないだろうし(笑)。でもひとつ言えるのは、楽しいことをどういうふうにすれば実現できるかを、ISSEIに関わる人たち、応援してくれる人たちとずっと考え続けていくんでしょうね」
ISSEIは長年のファン、新しいファン、そして村上氏を支える頼もしいスタッフとともに歩みをどんどん加速させている。
村上氏の「楽しさ」を追求する情熱と行動力に終わりはないのだ。
終
今回で「Murakami Haruhiko History」は終了となりますが、紹介しきれなかったエピソードがたくさんあるので、折に触れてこの「ISSEITIMES」で紹介していきます!