高校生になってバス釣りにどっぷりハマった村上少年。
3年生になっても勉強そっちのけで琵琶湖のレンタルボート通いを続けていたという。
高校3年生といえば、進学か就職か人生の大きな岐路といってもいいタイミングである。
「勉強がすっかり嫌いになっていましたね。このころはラーメン屋になりたいって思いが強くなっていました。だから学校の担任に『卒業したらラーメン屋になりたい』って伝えたんですよ」
これは当時放送された人気ドラマ、長渕剛氏主演の「親子ゲーム」(※)に影響されてのことだったという。
大学進学が常である進学校の生徒が「卒業したらラーメン屋になる!」と言い出したのだ。
前代未聞の出来事だろう。
当然、担任教師は村上少年を全力で食い止めにかかる。
※)東京下町が舞台のホームドラマ。主演の長渕氏はラーメン店の店主。劇中でよくラーメンを作っていた
「担任からは『その前に調理師の専門学校へ行ってはどうか?』と言われました。でも学費が130万円もかかるからよく考えてとも言われましたね。親にそんな無理をさせられないので、これはダメだなと思ったんですよ。でも担任にうまいこと言いくるめられて行くことにしました」
担任は、こう説明した。130万円学費を払ったとして、1年経って卒業して、初任給が10万円から12万円でも余裕を持って2年で返せる。
就職から3年経てば君は社会人3年生だが、大学へ行った人間はそこから社会人1年生。比べてみてもそんなに悪くはない。と…。
「そうか、じゃあそうしよう。調理師になろうと進路を決めました」
そこからバス釣りざんまいに戻るかといえば、そうではなかった。
「調理師になるって決めたから、卒業まで居酒屋でバイトさせてほしいと学校へ頼んだんです。進学校なんでバイトは禁止だったんですけどね。でも村上の場合は違うかということになったのと、試験で及第点が取れていたからOKになったんです。でもみんなは受験勉強中なので、僕の進路を知らなかった人には『お前、大学行くのにそんな点数でええんか?』とか言われていましたね」
こうしてある意味、有終の美を飾りながら、村上少年は来たる調理師学校入学に向けて残りの高校生活を居酒屋でのバイトに捧げた。
「このバイトは楽しかったんですよ。お金が目的じゃなくて、包丁の使い方とか研ぎ方とか調理器具の扱い方を勉強しようと思って行ってましたから。魚のさばき方とか野菜の切り方も学べました。全部やりたいって言ってやってるから、職場のみんなからするとおもしろいヤツがきたと思われたみたいです」
包丁の扱いはすぐに身についた。カッターナイフを長年使ってきたのでその延長の感覚だったと村上氏。
キャベツの千切りは最初は慣れなかったが、だんだんシャープになり、手元をほとんど見ないでもできるようになった。かつらむきもお手のものだったとのこと。
こうして調理師学校へ入学。再びバス釣りざんまいへ戻って…と思いきや、釣りはたまに行く程度の生活だったと村上氏。
料理そのものが楽しくてのめり込み、あるものにもハマっていたという。
続く